アラスカンマラミュートの莱夢のものがたり「第38話 莱夢、子宮蓄膿症になる」です。

アラスカンマラミュート Prime Snow 〜莱夢といた日々〜

 第38話 莱夢、子宮蓄膿症になる 

 2006年2月9日の夕方、いつものように莱夢と一緒に水上公園まで散歩に行った。莱夢はいつもどおり元気よく歩いてご機嫌だった。ただ、帰り際に皆さんとベンチで雑談しようとしたとき、なんとなく莱夢の様子がいつもと違った。いつもなら、私の足元に寝転んで、ママ達の他愛もないおしゃべりに付き合ってくれる莱夢なのに、この日はなぜか車に戻りたがった。フーコちゃんのママは「ツワリで苦しいママの体調を気遣っているのよ」と言ってくれたが、私にはなんだか「おかしい」と思えた・・・。

 ここ5日ばかり食欲がない莱夢のために、レトルトの鶏肉などを買ってから帰宅すると、時刻はもう午後6時近かった。さっそく莱夢の食事にした。温めた鶏肉をスプーンで口に運ぶと、少しだけなめてくれたが、すぐに顔を背けてしまった。まるで食欲がないようだった。なんとなく、本当になんとなく莱夢の様子がおかしい。いつもと違う。でも、病院に連れて行って「どうしました?」と聞かれても、「どこがどう」と明確に答えられない・・・。いつも傍にいる私にしか判らない、微妙な変化なんだと思う。なんとなく目つきが尖っている気がする。呼吸がいつもより浅くて速い気がする。気のせい?でも・・・。とにかく少し様子を見よう・・・。ツワリからくる身体の辛さもあって、電気を暗くして少し休むことにした。

 目が覚めると午後8時になっていた。莱夢は落ち着きなく部屋中を歩き回っていた。何度もトイレの匂いを嗅ぐので、「オシッコしたいのかな?」と思い、様子を伺う。やがて水を飲み始めた。そしてトイレでたくさんオシッコをした。すぐにシートを取り替える。これで落ち着くかと思ったら、やっぱり莱夢は部屋中を歩き回りはじめた。以前、膀胱炎を患ったとき、莱夢は同じような状態になった。でも、見たところオシッコに血液は混じってない・・・。私はじっと莱夢の様子を見ていた。わずかな変化も見逃してはいけない。莱夢がまた水を飲んだ。そしてまたトイレでオシッコをした。シートには、ポトリと落としたような茶褐色のシミが混じっていた。膀胱炎のときは鮮血に近い色だったし、筋のような混じり方だったはず。それに、こんなに水は飲まなかった!これは、たぶん、子宮蓄膿症だ!!神奈川のT先生から、いつも言われていた。「水をがぶ飲みするような症状が現れたら、子宮蓄膿症を疑ってください」と・・・。子宮蓄膿症。それは私が最も恐れていた病気だった。

 すぐに近所のP先生に電話を入れた。時刻は午後9時近く。すでに診察時間は過ぎていたが、電話はすぐに先生の携帯なりご自宅なりに転送され、先生ご本人が出てくれた。症状を説明すると、「子宮蓄膿症が疑わしい」との見解だった。ああ、やっぱり!翌日の朝一番に診察していただくことにして、とりあえず電話を切った。

 莱夢はますます落ち着きなく歩き回り、水を飲んではトイレでオシッコした。多飲多尿の症状が出始めている。腎臓がダメージを受けてるんだ!オシッコには、転々とどす黒い血液が混じりはじめた。やがて、歩くたびに、外陰部から血膿がこぼれるようになった。莱夢は外陰部を必死になめた。どうしよう。どうしよう。このまま苦しむ莱夢を放っておいていいの?かといって、夜間の救急などで別の病院に行くのはどうなのだろう。手術になるならば、信頼のおける獣医師にお願いしたい。苦しくて、辛くて、どうしようもなくて、莱夢は部屋中を歩き回る。どうして早く避妊手術をしなかったんだろう。いつかこんな日が来ることは判っていたはずなのに・・・。私は自分を責めながら、リビングに布団を敷いて莱夢と夜を明かした。莱夢の外陰部からは、濃厚な血膿が絶え間なく流れた。莱夢が外陰部をなめるので、ひどく腫れてしまっていた。部屋中に充満する血液の匂い。莱夢も私もほとんど眠れなかった。明け方の4時半頃になって、ようやく莱夢が横になった。もう、疲れ果てて倒れこむような感じだった。私は、どうすることも出来ず、ただ泣きながら莱夢を撫で続けた。莱夢、ごめんね。こんなに苦しい思いをさせてしまって。どうして早く避妊手術をしなかったんだろう。どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう。自分がツワリで苦しいからって、莱夢のことを適当にしていたのかもしれない。莱夢、ごめんね。ダメなお母さんで本当にごめんね。どうか間に合って。どうか助かって!

 病院が開くと同時に診察してもらった。病院前でオシッコをしたので、オシッコを平たいタッパーで受け止めて、そのまま検査してもらう。検査の結果、オシッコの比重が軽いことがわかった。腎臓の機能が低下している。莱夢はそんな状態でも自分で診察台に上がり、P先生やお姉さん先生に尻尾を振った。体重測定や検温、触診のあと、血液検査、レントゲン検査を受けた。莱夢は39度を越す熱を出していた。血液検査の結果から、多飲多尿の症状が現れる病気のうち、消せるものは消していった。残ったのは「子宮蓄膿症」と「初期の急性腎不全」だった。横から撮ったレントゲン画像には特に異常はなかったが、お腹から撮ったレントゲン画像に怪しい影が写っていた。腎臓の下あたりに、腸ではない臓器がうっすらと見えた。普通、子宮はレントゲンには写らないとのことだったが、炎症をおこしていると写るらしい。場所的にも子宮だと思われた。莱夢を診察台の上で仰向けにし、超音波で体内を診る。私には判らなかったが、先生は確信を持ったようだ。午後から、卵巣と子宮の摘出手術をすることが決まった。

 難しい手術のひとつだと言われた。炎症をおこしている子宮は脆く、摘出時に破裂してしまうかもしれない。子宮が破裂して膿が腹腔内に飛び散れば、腹膜炎を起こしたり、病原菌の毒素が体中に回ってひどい腎臓障害や多臓器不全、敗血症を引き起こして死に至る場合もある。莱夢の子宮がどの程度病魔に侵されているのか、お腹を開けてみなければ判らない・・・。先生は、できることはすべてやってくれた。まずは、多臓器不全を食い止めるために、莱夢に抗生剤の点滴を打つことにした。それは、午前10時からすぐに始まった。手術は正午から始まることになった。私は麻酔のリスクが怖かった。そう何度も麻酔を掛けたくない・・・。莱夢の右下の乳房に新たに出来たシコリも、この際取ってしまうことを希望した。もちろん、莱夢の状態が良ければの話である。さらに私は、麻酔で莱夢が眠るときと、目を覚ますときに傍にいたいと希望した。先生はその希望を快く聞き入れてくれた。さらに、手術中も隣の診察室で待機させてくれることになった。

 だんな様にはもちろん、実家の母にも連絡を入れた。どうか、莱夢の手術が上手くいくように、莱夢の生命が助かるように、莱夢がまた元気になるように、祈ってあげて!チカラを分けてあげて!いったん帰宅したものの、落ち着かない。莱夢のいない部屋は、ガランとしていて寒かった。静かすぎて怖い。何かをしていなくては落ち着かない。部屋中に落ちている莱夢の血膿を雑巾で拭き、莱夢のクッションのカバーを洗濯し、部屋の掃除をした。ツワリの苦しさなんか、どこかへ行ってしまっていた。

アラスカンマラミュート 画像 午前11時40分。早めに病院に着いた。先生が入院室に案内してくれる。莱夢は一番手前の大きなケージの中で、右前足に点滴を受けながら座っていた。首周りには、パラボラアンテナのような大きなエリザベスカラーを付けていた。私の姿を見て、「出して!」とケージにお手をする莱夢だった。点滴を引っ張るといけないので、ケージからは出さずに莱夢を見守った。

 午後12時10分頃、莱夢は先生に抱っこされて手術台の上に座った。点滴の途中から、麻酔のための薬品を注入する。やがて莱夢はぐったりしてきた。「じゃ、ゆっくりネンネしよう」と、先生は莱夢の身体を横たえた。私はずっと莱夢の背中を撫で続けた。莱夢のマズルにすっぽりとマスクをかぶせ、麻酔の量を増やしていく。莱夢は静かに呼吸しながら、何の反応も示さなくなった。先生は莱夢の口を大きく開けると、器具で舌を引きながら、喉の奥に管を通していった。人工呼吸機の動きに合わせて、莱夢のお腹が激しく上下する。私は思わず、「莱夢!莱夢!」と泣きながらお腹を撫でた。莱夢はすぐに安らかで深い呼吸に戻った。先生は莱夢を仰向けに寝かし、紐を使って手足を手術台にくくりつけた。莱夢は、完全にお腹を真上にした状態になった。バリカンを持ちながら先生が言った。「手術は2時間くらいで終わりますよ」と。

 手術室の横にある診察室で、私はじっと祈っていた。莱夢、がんばって!絶対に病気に負けないで。どうか、お母さんの元に還ってきて。あなたの生命がここで終わるなら、私の生命から差し引いて分けてあげるから。だから、また元気になって、たくさん遊びに行こう。手術室からは、器具があたる金属の音と、「ピッ、ピッ、ピ・・・」という規則正しい機械音が聞こえてきた。それはきっと、莱夢の生命を示す音。ときどき「ピーッ!」と長い音がするたびにドキリとした。このまま、莱夢が目を覚まさなかったらどうしよう。最悪のことを考えては否定し、祈り、泣いた。午後2時10分頃、お姉さん先生が術衣のまま診察室にやってきて、いくつかの器具を手術室へと持っていった。その際、「もうすぐ終わりますよ」とにこやかに言ってくれた。もう難しい箇所は終わっているはず。大丈夫。きっと順調なんだ。大丈夫。莱夢はきっと還ってくる。

 いつの間にか、規則正しい機械音が聞こえなくなっていた。やがて術衣の先生が診察室に入ってきた。私は沈黙が怖くて、「お疲れ様でした」と声をかけた。先生はマスクをはずし、オペ用の手袋をはずしながら、「大丈夫。上手くいきましたよ」と、笑顔で言ってくれた。莱夢が麻酔から覚めるまでだいぶかかるので、その間に先生は摘出した卵巣と子宮を見せてくれた。20センチ×30センチくらいの金属のバットの中に、今まで莱夢の中にあった臓器が乗っていた。思ったよりもずっと小さかった。先生は、目の前で子宮を切開してくれた。中から真っ赤な血膿があふれた。「子宮内膜がかなり炎症してます」と先生。こんな膿んだ子宮を抱え、莱夢はどれほど苦しかったろう・・・。早く気づいてやれなかった自分が情けなかった。卵巣も同じように切開して見せてくれた。「ヒート中と同じような状態です」と先生。鶏卵よりも2周りほど小さいソラマメ型の臓器の中には、ブツブツとした卵のようなものがいくつか見えた。先生は私に伝えてくれた。手術中、血圧なども安定していて良好だったこと。気になっていた右下の乳房のシコリも取ったこと。そして、まだ油断はできないこと。まずは莱夢がちゃんと覚醒するかどうか。術後に急性腎不全などを起こさないかどうか・・・。

アラスカンマラミュート 画像 先生は手術台に横たわる莱夢の枕元に椅子を出して、「ゆっくり目が覚めると思うので、声をかけてあげてください」と言ってくれた。莱夢はうっすらと目を開け、自分で呼吸をしていた。深く静かに・・・。でもその目は何も見えてないし、耳は何も聞こえていないようだった。お姉さん先生が反対側の枕元に座り、莱夢の後ろ足をさすってくれた。私は静かに、「莱夢、お母さんここにいるよ。がんばって偉かったね。莱夢。莱夢」と、何度も話しかけた。やがて、耳が前を向くようになった。目の焦点が合ってきた。莱夢は思いっきり目を見開き、吸い込まれそうな瞳で私を見た。鼻は、かざした私の手の匂いを嗅いでいる。「莱夢。お母さんここだよ。判る?」と声をかけたが、莱夢はまた泥のような眠りに引き戻されるように無反応になった。先生は点滴の途中から注射器を使って、さまざまな薬品を莱夢に投与した。少しずつ、少しずつ、莱夢の意識は覚醒してきた。頭を上げようとする仕草をして、先生を見た。枕元に並ぶ器具を見た。そして、私を見た。「ここどこ?」とでも言いたげな表情を浮かべた。「莱夢、おはよう。判る?お母さんのこと、判る?」何度も呼びかけると、莱夢は目で「うんうん」と返事をした。莱夢は確実に意識を取り戻していく。先生が莱夢の背中に注射を打った。莱夢は痛かったのか「ヒーーン!」と悲鳴をあげた。「ごめんごめん。この注射は痛いんだよ」と先生。莱夢がだいぶ起きてきた証拠だ。頭を起こそうとした莱夢の顔がふいに笑った。その瞬間、莱夢のお腹が激しく上下した。お姉さん先生が口元にタオルを持っていくと、莱夢は血膿を吐き出した。昨夜からさんざんなめ続けた血膿を、莱夢は嘔吐したのだ。吐いてすっきりしたのか、莱夢は上半身を起こそうと試みていた。先生が痛み止めを打つと、またトロンと眠くなったようだ。

 やがて莱夢は先生に抱っこされて、入院室のケージへと移動した。痛むのか、横たわりながら「ヒーン、ヒーン」と鼻を鳴らした。ふいに身を起こしてお腹の傷に頭を持っていこうとしたので、すぐにエリザベスカラーを付けた。そして、痛み止めが効いてきたのか、また眠そうに目を閉じた。先生は、「ここまでくれば大丈夫」と言ってくれた。また、「今夜あたりオシッコしてくれれば安心」とも言った。私は先生に莱夢を託し、ともかく帰宅することにした。一息付いてから、だんな様や実家の母、莱夢のために祈りを捧げてくれたくれた方々に、手術成功の連絡を入れた。

 その日の診察時間が終わる間際、電話で莱夢の様子を聞いてみた。驚いたことに、もう自分で立って歩いているとのことだった。また、ケージ内ではオシッコをしないので、これから散歩に連れ出してくれるそうだ。

 翌日の午前中、莱夢がふだん食べているフードを持ってだんな様と一緒にお見舞いに行った。莱夢はケージの中で嬉しそうにお手をくれた。昨晩11時頃、お散歩中にオシッコとウンチをしたそうだ。まだ若干水を多く飲む傾向があるけれど、だいぶ減ってきているとことだった。また、食事は3種類くらいのフードを試してくれたそうだが、やはり口を付けてはくれなかったそうだ。持ち込んだふだん大好きな砂肝のジャーキーを試してみたが、莱夢は見向きもしなかった。それでも点滴とエリザベスカラーを外してからケージを出ると、莱夢は多少ふらつきながらも入院室を歩き回った。私たちの足元で丸くなり、だるそうに眠っている莱夢。「ハウス」と言うと、「えぇ?入るの?」という表情をしながら、それでも自分からケージに入っていくのだった。

 夕方、莱夢の好きな鶏のササミを茹でたものを持ってお見舞いに行った。午後、莱夢はペディグリーチャムの缶詰を一缶平らげたらしい。まずはよかった。鶏肉を細かく裂いてあげると、莱夢はいくつか食べてくれた。莱夢は思ったよりもずっと元気で、点滴の合間に病院内の空いているスペースで遊んでもらっているらしい。病院の飼い猫のニーナちゃんが気になるらしく、小走りに追いかけたりしているそうだ。近所なら散歩に行ってもいいとのことなので、莱夢と少し外を歩いてみた。こうしてまた、莱夢のリードが持てて嬉しかった。痛み止めの作用で、ちょっとふらつく感じはあるけれど、莱夢は力強く歩いてくれた。先生は、「明日の夕方、退院しましょう」と言ってくれた。

アラスカンマラミュート 画像 翌日のお昼前にお見舞いに行くと、先生は「もう、このまま退院しても大丈夫!」と言ってくれた。莱夢の回復の早さには、私も先生も驚いた。入院室では莱夢が私の声を聞きつけて「ウォーン」と鳴いている。先生は、「さっき裏で遊んでたんだけど、ケージに入れたら『もっと遊ぶんだ』って怒られちゃいました」と、笑顔で言っていた。莱夢はそのまま退院となった。車のドアを開けると、莱夢は抵抗なく、でも、いつもより不恰好に飛び乗った。先生もちょっと驚いた。莱夢は「お家に帰るんだもんね」とご機嫌で、窓から顔を出して風を受けながら嬉しそうだった。家に着くと、まずは車から降ろさなくては・・・。危ないのでだんな様に手伝ってもらおうと思った瞬間、莱夢はいつもの調子で降りてしまった。さすがに衝撃が傷に響いたのか、「ヒャン!」と鳴いた莱夢だった。予想外に早い莱夢の帰宅に、だんな様も北斗も驚き、そして喜んだ。

 退院から抜糸までの数日間、私はリビングに布団を敷き、莱夢と夜を過ごすことにした。莱夢はなるべくエリザベスカラーを付けて過ごした。傷にはあまり関心がないのか、カラーを取っても大丈夫そうだったが、万が一があってはいけないので、目を離すときは必ずカラーを付けた。乳房の傷は足の動きに合わせて多少動くので、2日間くらいはうっすらと血が滲むことがあったが、病院で軽く消毒するだけでやがて乾いていった。また、乳房のシコリは腫瘍ではなく、「毛包性膿疱」というものだということが、病理検査で判った。もちろん毒性も転移する可能性もないとのことだった。莱夢の食欲は帰宅直後から安定し、食べムラがいっさいなくなった。水を飲む量もオシッコの量も、元に戻っていった。抗生剤の影響で1度嘔吐したが、その後は順調に回復し、2月20日、無事に抜糸を迎えることができた。オシッコの検査でも、莱夢の尿比重は正常値に戻り、心配していた腎臓も健全であることが判った。

 最も恐れていた病気、子宮蓄膿症を莱夢は乗り越えることができた。発見が早かったこと。すぐに手術できたこと。莱夢自身がまだ若く体力があったこと。いろいろなラッキーが重なって、莱夢は今までと変わらない健康と元気を取り戻すことができた。でも、やっぱり思うのだ。「もしも、早く避妊手術を受けていれば」と・・・。手術前夜の莱夢の苦しみ、痛みを私は忘れることができない。何も出来ずに、たださすってやることしかできない、とても無力な自分を忘れることができない。もしも、避妊するかどうかで迷っている方がいたら、どうか私のこの経験を踏まえて考えてほしい。あなたが愛犬にできる最善の道を、どうか選んであげてほしい。