アラスカンマラミュートの莱夢のものがたり「第17話 しばしの別れ、深まる絆」です。

アラスカンマラミュート Prime Snow 〜莱夢といた日々〜

 第17話 しばしの別れ、深まる絆 

 莱夢の発情がいよいよ佳境に入った6月のはじめ、私の身体は少しずつ変調をきたしていた。持病が悪化していたのだ。発情中の莱夢を置いて、病気になんかなってられない!気力でなんとか踏ん張りたかったが、いかんせん身体が付いてこない。意を決して病院に行く朝、私は莱夢を実家に連れて行くことにした。実家であれば母が莱夢をケアしてくれる。万が一入院となっても、実家から病院に散歩がてら莱夢を連れて来られる。はたして病院では、「2週間ほど入院しましょう!」と言われてしまった。

 今まで仕事以外の時間はほとんど莱夢と一緒だった。その莱夢と、わずか2週間とはいえ離れて暮らすなんて・・・。莱夢の信頼に満ちた瞳を見るたびに、狂おしいほど切なくて、涙がとめどなく溢れた。莱夢、あなたを捨てるんじゃないのよ。必ず、必ず迎えに行くから、だからいい子で待っていてね。置いていっちゃうママを許してね。莱夢を裏切ってしまうような気がして、たまらなく辛かった。

 入院の日の朝、病院へ向かう私を、莱夢は実家の玄関で見送ってくれた。きっと、すぐに私が帰ってくるものだと思っているんだろう。いつもと変わらぬ笑顔だった。病院に着いて一通りの手続きを済ませ、パジャマに着替えてベッドに横たわる。病室の白い天井を見ていると莱夢の笑顔ばかり浮かんできて、つい涙ぐんでしまった。夕方、堪り兼ねて点滴台をカラカラと押しながら、ナースステーション横の公衆電話に向かった。実家の番号を押しながら、「莱夢のヤツ、淋しくて騒いでるんじゃないかしら?」と心配したのだが・・・。電話口に出た母に、莱夢の様子を聞いてみた。

 「ああら、今はお腹出して大股開いて寝てるわよ」
 「え?寝てるの?大股開いて?」
 「そう。あんたが出てったあと、しばらく玄関に座ってたけどね。オヤツににぼしあげたら喜んじゃって!」
 「いい子にしてる?手、かからない?」
 「大丈夫よ。莱夢は鳴かないし吠えないから、いるんだかいないんだかわかんないくらい静かで助かるわぁ」
 「そう。じゃあ、安心だね。悪いけど、莱夢のこと頼むね」

 電話を切って病室に戻る間、私はだんだんと複雑な気持ちになっていった。莱夢のヤツ、ママと離れてもなんともないのね。私のあの涙はなんだったの?まぁ、莱夢らしいと言えば莱夢らしいけどね。でもさ、なんだか心配して損した気分!

 入院2日目の午後、梅雨の晴れ間を利用して、莱夢が病院の正面玄関までやって来た。私は7階の病室から、点滴台を押しながら正面玄関まで降りていった。莱夢は母と一緒に日向をよけて木陰で待っていた。「莱夢!」私が呼ぶと、莱夢はハッと辺りを見まわし、私を見つけると駆け出しそうな勢いでリードを引っ張りながら、母を半ば引きずりつつ歩いてきた。飛びつく勢いの莱夢を落ち着かせ、点滴を打っている右腕をかばい、私は莱夢を抱きしめた。わずか2日離れただけなのに、ずいぶん逢ってないみたいな気がした。私にとって、莱夢の存在がこんなに大きいとは・・・。莱夢は私の顔をなめながら、何度も何度も「お手」をくれた。ほんの5分ほどの逢瀬のあと、母が帰ろうと莱夢のリードを引いたとき、莱夢が「キューン」と切なく鳴いた。「ママと一緒に帰る」とでも言いたげな、切ない声だった。遠ざかる莱夢を見送りたかったが、莱夢は動こうとしない。私は仕方なく自分から離れることにした。正面玄関から病院内に消えていく私を、莱夢はいつまでも見送っていたそうだ。実家への帰り道、莱夢は何度も何度も振りかえって母を困らせたらしい。きっと、莱夢はこの時はじめて「ママとの別離」を実感したのだろう。

 驚くべきは莱夢の記憶力!次に莱夢が病院に来たときのこと・・・。時間よりも早く着いた母は、木陰で待とうと莱夢を連れて行こうとした。ところが、莱夢は真っ直ぐに正面玄関に向かおうとしたそうだ。リードを引っ張って無理やりに木陰に連れて行っても、正面玄関を食い入るように見つめていたとか。「あそこからママが出てくる!」莱夢は1回で覚えてしまったのだ。

 日を追うごとに莱夢はイタズラをするようになった。母がちょっと目を離したすきにマガジンラックから広告を抜き取り、ビリビリに引き裂いて遊ぶことを覚えてしまった。母が隠れて莱夢の様子を見ていると、1枚1枚器用に抜き取り、ニコニコ笑いながら引き裂いていたそうだ。家具を噛んだりカーペットを掘ったりなど、本当に困るイタズラではなく、「このくらいならいいでしょ?」という加減をしながらイタズラしているらしい。なんとも知恵が付いたものだ。

 幸いに経過が良好で、私は1週間で退院することとなった。退院の前日、実家に電話をして事件を知った。父が帰宅して喜んだ莱夢は、雑巾を咥えたまま走りまわったらしい。母が雑巾を取ろうと莱夢の口に手を伸ばしたとき、莱夢は低く「ウーッ!」と唸った。母はすぐさま雑巾を奪い取り、莱夢の上に馬乗りになってマズルを押さえつけた。それでも莱夢は低く唸ったが、やがて「キャンキャン」と甲高く鳴きはじめた。その後、母も父も1時間以上莱夢を無視し、莱夢が反省して謝りに来てから赦してやったらしい。今まで人に対して唸ったり吠えたりしたことがない莱夢が、こともあろうに実家の母に向かって唸った!私はその話しを聞いて、暗い淵に沈み込んでいくような暗澹たる気持ちになった。莱夢にとって、1週間の別れがどれほど辛かったか、どれほど不安だったか、私はちっとも判ってなかったのだ。実家に帰ったら、莱夢をたくさん抱きしめてあげよう。明日1日は莱夢から離れず、多少のことでは叱らないようにしよう。理由はどうあれ、私は1週間、莱夢の「母親」稼業を放棄していたのだから。

 退院の日は小雨がぱらつくあいにくの天気だったので、私はタクシーで実家まで戻ることにした。タクシーを降り、荷物を抱えて実家の玄関ポーチに立つ。莱夢はどうしているだろう?ドキドキしながら「莱夢!」と呼び、玄関のドアを思いきり開けた。すると、居間の方から「ガーン!」とぶつかるような音が聞こえた後、こけつまろびつといった莱夢の足音が聞こえてきた。目の前に飛び出してきた莱夢は、一瞬耳を立てて私を見つめ、「え!?ママがいる!!」と驚いたようだ。でも、次の瞬間には耳を倒して満面の笑顔で飛びついてきた。思う存分飛びついて、たくさん甘えていいよ、莱夢。莱夢は嬉しさのあまり鼻をヒンヒン鳴らしながら、私の顔をなめまわした。やがて興奮して部屋中を駆け回り、座ってお手して伏せしてお腹を見せてのオンパレード。喜びをどう表現していいか判らないようだ。台所から出てきた母が「お帰り」と笑顔で迎えてくれた。ひとしきり甘えて落ち着いた莱夢をなでながら、さっきの「ガーン!」て音は何だったのか聞いてみた。莱夢はひっくり返って大股開きのまま寝ていたらしい。大胆にも、台所と居間との境にあるガラス戸の桟に、後ろ足を乗せていた。私の呼び声で飛び起きた際、勢い余ってガラス戸を蹴りとばしたようなのだ。予期せぬママの帰還に、一番驚いたのは莱夢だったのだろう。それにしても、発情中だというのにあられもない恰好で寝るとは、大胆なヤツ・・・。

 その後は莱夢とべったりの、甘い甘い蜜月な毎日を送った。実家にいる間は、寝るのも一緒だった。自宅で療養した2週間も、ほとんどの時間を莱夢とすごした。リハビリのつもりで莱夢といろいろなところに出かけた。近所の河原へ、山へ、水辺へ・・・。莱夢との絆は、1度別れたことでさらに強まったようだ。

 今でも莱夢はママッ子だ。私とだんな様が同時に帰宅すると、だんな様のことは鼻にもかけず、ひたすら私に甘えてくる。「パパもいるでしょ?」と言うと、莱夢はだんな様のほうをチラリと見て、「だってママが好きなんだもぉ〜ん!」とばかりに飛びついてくる。私とだんな様がケンカをすれば、私とだんな様の間に割って入ってくる。そして、だんな様に向かって「ウォウ!」と文句を言い、じぃっと見据える。だんな様が莱夢にコマンドを出すと、私に確認を求めてくる。いつでもどこでも、莱夢の耳は私の声を集め、莱夢の瞳は私を求める。今回の別れを通して、莱夢が掛け替えのない最高の相棒だと実感した私だった。